写真のような記憶

 写真のように見たものを詳細まで覚えていられる人がいる。先日、山下清の展覧会に行ってきたが、彼は放浪時にはスケッチをほとんどせず、帰宅後に見たものを思い出して描いたのだという。しかし、その細部まで詳しく覚えて実景が忠実に表現できていたらしい。

 こういう才能をある人はカメラアイと呼ぶそうだ。ただ、本当に現実と同じかといえばやはりそれは違う。どんなに忠実な記憶にみえてもそれは覚えた本人の解釈が加わっているものだ。山下清の場合、彼が見たいものは大きく描いているが、おそらく見たくないものは意識下で削除している。それが芸術というものなのだろう。

 私たちがなぜ彼らのように映像を記憶できないのか。それは脳の仕組みと関係があるようだ。私たちは常に移り変わる状況に対応するように進化してきたため、ある定点の映像をそのまま保存することに価値を見出さない。だから、新しい情報が入るとその前のことを忘れてしまう。また空間を構図として記憶することもあえて避けているのかもしれない。自分の関心のある対象物だけに意識を集中し、そのほかのものを背景としてぼかすことで意識が散漫になることを防いでいるのだろう。

 だから、カメラアイでないことはそれなりに意味があることと考えたい。また、何らかの事情で空間記憶力を身につけている人はやはり天才として尊重すべきだと考える。

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