説教は快楽ではない

 私は生徒の皆さんには分かったふりをしてほしくない。そういうもんだという不文律のようなものは確かにある。ならぬものはならぬという毅然とした態度も必要だが、単なる押しつけではきっと心には届かない。理由もわからず押し付けられたルールは理解されず、同じミスを繰り返す。

 教員の方も単に規則だからとかモラルやルールを゙持ち出すのは控えたほうがいい。その説明を試みるべきだ。理不尽な問題もあるが、それもともに悩むべきなのだ。これはとても骨が折れる行為だが、やるしかない。

 去年流行った歌に説教は快楽という歌詞があった。これは根本的に間違っている。人に自分の考えを伝えるのはかなりのエネルギーを要し、疲労困憊する。あの歌にあるオトナの僕がした説教とは恐らく教える行動ではなく、自説の押しつけのことだろう。そのアイロニーが滑稽に結びついている。教員の立場から言わせると説教は身を削る行為であり、快楽の対極にある。

 何かを伝えることは受け入れる側との相互行為により成り立つ。それなりに時間と労力がかかる。生徒の皆さんには下手な忖度は不要だ。話し合おう。矛盾に満ちたこの社会のあり方を。

説教は快楽ではない” への1件のフィードバック

  1. 先日から給食費無償化の署名を集めていました。恩師のところにも頼みにいったら、心よく書いてくださり、お話も承りました。1時間ぐらいお話ししてましたか、、、まさか、恩師から生活保護の子どもの話が出るとはちょっとびっくりしました。

mame58 への返信 コメントをキャンセル

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