来年度の教室での目標はなるべく黙ることである。教えずに教える方法を完成したい。
私の勤務校は模試などの成績の結果に拘る悪しき習慣から抜け出せずにいる。その結果、教え過ぎ自主性が育たない。言われたことはやるがそれ以上にはならない。日本の大学入試がこの言われたことを無批判にやることしか求めないから、これでなんとかなってしまう。結果にコミットするというならば正解に思えるが、私としてはかなり不安だ。将来淘汰されるエリートを輩出していないかと。
大切なのは自ら学ぶ力だろう。これには人さまざまのやり方がある。それを一つの方法に括るのは間違っている。例えばたくさん宿題を出せば教員は安心だ。やれば成果がでる可能性があるからだ。しかし、無理矢理やらされた生徒はこれを短期記憶で片付ける。だから何も残らない。
自分で考え、それを他の生徒に説明する機会を意図的に作るのが私の仕事になる。自分の言葉で説明することが真の知識獲得の方法なのだ。
わたし自身は大学生までは教員の話をひたすら覚えることが学習だと思いこんできた。試験にもその通りのものが出るからだ。しかし、多くの学習内容はテストが終わると忘れてしまう。目的がテストで得点することでそれ以上でもそれ以下でもなかったからだろう。
真の知識を形成するのは効率が悪い。時間も手間もかかる。でもそれがこれからの教員の役割だ。手間のかかる方法を考え、それに付き合うことだ。時間はかかるし結果が出るのには長期的展望がいる。でもやってみようと考えている。そのためには教え過ぎないことだ。
