
メルカトル図法で描かれた地図は面積や方向が実際とは大きく異なる。グリーンランドはオーストラリアよりはるかに小さいし、南極は草むらのようにつながってはいない。何かを見るときに何を中心に考えるかによって全く異なって見えてしまうということを地図は教えてくれる。
ロシアはウクライナの一部の州を住民投票の結果を生かして併合すると言っている。占領しておいてその地の住民に投票をさせるという似非民主主義はどう考えても通用しない。たとえば日本に某国が侵略して、この県の住民をあらかた追い出した後に、残った人たちに日本に残るか、それとも自分たちの仲間になるのかと聞いているという風に置き直してみるといい。
こんな理不尽なことがまかり通るのはロシア、少なくともその為政者が持っている地図はゆがんでいるのだろう。本来ロシアの領土であるべき場所が、こころならずも他国によって支配されている。その不正をただすのだと。私たちの持っている地図とはかなり違う図法で描かれている地図を持っているようなのだ。
これはこの地域の戦争のことだけではなく、人生の様々な方面で現れる。違う地図を持っている者同士が共存するにはどうすればいいのだろう。それを考えていくべきだ。もしかしたら相手の地図を非難するだけでは目的は達成できないのかもしれない。
