残響

音のない音

 あるコンサートを聞いて気づいた。よく言われることだが演奏は音符のあるところだけで聞かせるのではない。むしろないところに表現が生まれることもあると。

 演奏中の休符はもちろんだが、演奏前や直後の残響に説得力のある表現がある。これは観客である私の思い込みなのかもしれない。それがもし演奏者が意図して仕掛けているのなら、私はその技法にまんまとやられていることになる。

 日常生活の中にもこれと同じような表現を感じることがある。何も話していないのにある種のメッセージが伝わる。この効果を見直したい。発言や動作だけが伝える方法ではない。

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