
37年前の今日、羽田空港から伊丹空港へ向かった日航機123便が群馬県多野郡上野村の高天原山の山中に墜落した。墜落後に御巣鷹の尾根と名付けられた場所である。死者520名は現在まで単独機事故の死者数として最大の犠牲者だ。生存者はわずかに4名。悲惨な事故だった。
この事故の原因は墜落の7年前に伊丹空港で起こした尻もち事故のあとの修理が不完全であったことであると推定されている。後部にある圧力隔壁が破損したことで、垂直尾翼と油圧系統が破損し、事故発生から墜落までの迷走飛行したという。不安定な迷走飛行中で書かれた乗客の遺書が見つかったことは当時の大きなニュースであった。いま考えても痛ましい。歌手の坂本九さんが乗客の一人であった。
この事故の原因は先述したように修理が不完全だったことにある。ただ、修理後もかなりの時間飛行しており、その間には軽微な不具合しかなかったという。結果的にこれが事故を引き起こしてしまった。少しずつ壊れていく現象を感知することは技術的に可能であったのかどうかは素人には分からない。ただ、事例から学ばなくてはならないことはある。犠牲者の鎮魂ができるとしたら、それしかない。
まずは技術を過信してはならないということだろう。航空機のようなハイテクでなくても身近なものであっても同様のことが言える。修理のあとのモニタリングをしっかりとしなくてはならなかった。何かが起きたときに様々な可能性を考える必要があるということだ。
もう一つは非常時の振る舞いをしっかりと考えておくことだ。もちろん、同じ状況に立ったものでなければわからないことがある。理屈をこねても現場でなくては分からないことがあるのは確かだ。でもその前にいくらでもシミュレーションを重ねておくことはやはり大切だろう。
墜落の直前まで操縦士は最大限の努力をしていたことはフライトレコーダーなどの記録に残っている。最後に何をするかが人間にとっては大切だ。大いに尊敬する。ただ、そのような事態になる前になにができるのか。この事故は今でもその意味を私たちに問いかけてくる。
