読解力の測定

時間をかけずに読め?

 読解力の低下はここ数年我が国の教育界が危惧するものである。しかし、この読解力にもいろいろあって、速読力に左右されるものとより深い読みを要求するものとがあるように感じる。後者の方面に対する手当が十分てはないことを注意したい。

 例えば共通テストの国語は明らかに問題が多すぎる。ここで求められているのは深い読みではなく、いわば情報処理能力だ。要領よさと手際の良さが主に測定されているといってよい。しかし、こうした能力はAIなどにもっとも代替されやすい分野だ。これを国語科で試す必要はないのではないか。

 共通テストに限って言えば、時間を増やすか問題数を減らすかのどちらかをまず行うべきだ。次により深い読解を求める設問を考えていくのがよい。その結果、平均点が下がっても意味があるはずだ。

 センター試験時代から国語の情報処理能力測定志向は疑問であった。共通テストになり文学的な文章が減るとか、契約書のような実用文書を読むようになるとかいろいろな懸念事項があった。それらはいまのところ大きな変化はなかったものの、時間の割に問題が多すぎるという難点は強まってしまった。

 国民の読解力を底上げしたいのならこのような出題は止めたほうがいい。時間をかけて考えるより、とにかく速読とそのためのテクニックへの関心ばかりが高まるだけなのだから。

読解力の測定” への1件のフィードバック

  1. 私がはじめての子供を産んだ25年前、その頃は幼児から英語を習わすのが流行っていました。私も英語教材を買って一生懸命教えていましたが、これは失敗だったなぁと本当に思いました。娘には悪いことをしたと思っているくらい。
     ある有名な方が、夏目漱石の本が解るようになってから、英語を勉強すればいいと言っていたのですが、やはり小さな頃から英語を教えるべきではなかったと思って、孫には日本語オンリーです。

mame58 への返信 コメントをキャンセル

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