ITがどんなに発達したとしても、それが道具であることに変わりはない。そのことを忘れると道具の道具にされてしまう。
私たちの知っている大工道具や文房具と比べると、電子化された道具はかなり容態が異なる。人工知能のような道具になるともはや人格さえ感じる。カズオ・イシグロの『クララとお日様』のラストシーンの決まり悪さはもう道具が道具と見えないことによるものだ。
でも、もう一度考える必要がありる。私たちは道具を使っているのであって、道具に使われてはならない。当たり前なことなのだがいつの間にか忘れられてしまっている。
道具を使いこなすのは身体だけではない。それを使う精神も健全でなければならないのだ。
