俳句的積み重ね

 目の前にあるものを表現するのはかなり難しい。非定型だし、常に変化をしていてとらえどころがない。どこかに価値の物差しをおいて、そこに引っかかるものだけを描くしかない。たいていの場合それに絶望し、表現すること自体をあきらめてしまう。

 芸術家と呼ばれる人はこの点についてストイックであり楽天家でもある。自分のアンテナで捉えたものを表現することに躊躇しない。だから、多くの場合難解であり、その中のいくつかは多くの人の心を捉える。おそらく芸術作品というのものはそういうものなのだろう。

 私が持っている貧弱な概念と言葉でいうならば、俳句的な表現で世界を描くことを目指していくべきだと考えている。俳句の伝えられる情報量は少なく、自ら表現の方向性を閉じてしまっている部分がある。季語の扱いなどはその典型だ。実に窮屈であり、扱いにくい。これは人間の思考の仕方と同じだともいえる。限られたメモリの中で、かたよって狭い視野に、ゆがんだレンズを使って世界を見ている。それが人間の生理的な問題であり、歴史であり文化であり、様々な要因があることはなんとなくわかる。

 それを前提にしながらあきらめずに表現するしかないのだろう。目に見えること、感じられることを愚直に表現しつづけられること。それが芸術につながると考える。

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