学問とは楽しむもの

 高名な科学者の話を伺う機会を得た。後世まで称えられるべき発見をした方である。その方のお話は身近なところから疑問点を見つけ、それを追究することの重要性を説くものだった。大変参考になった。

 詳細な話はいろいろあったが、専門的なことになると分からない。ただ、その大学者が論語などの古典を引いて学問とは楽しむものであり、そこに至らないうちは本物ではないとおっしゃっていたのが印象的だった。綿密な科学の研究をしている人は、逆に人間的な感性というものを身につけるらしい。学びの基本を思い出すきっかけを与えていただいた。

 宿題を出し、試験を課し、点数の悪いものを注意する。そういう教育の仕方は一般的だ。試験に合格しなければ意味がないとでもいうような教育の仕方を私自身もいつの間にか毎日の仕事としてしまっている。でも、思えば私が学生だった頃、何かの役に立つこと目指して学習していただろうか。褒められたり、賞金が出るから学問をしていたのではない。単純に学ぶことが面白く、知ることで新しい世界が見えるような感覚になることが楽しかったのではないか。そういう大切な感動というものを最近は失っている気がする。

 ならば、学ぶことの楽しさをどのように伝えればいいだろう。今はそれを考えるべきだ。

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