自室では仕事ができないという人の気持ちはよく分かります。生活のための空間という位置づけができてしまうとそれを変えるのは難しいのです。
仕事をする上で図書館やカフェにわざわざ出かけてやった方が能率が上がるという人がいます。私もそうでうるさくて仕方がないはずのコーヒーショップの方が読書が捗ります。恐らくいまはこれをやるときという割り切りが場所の移動によって自覚できるからでしょう。場所と意志とは連動するのです。
わざわざ金をかけて他人の空間を借りるよりも、遥かに高い家賃を払っている自宅の方が使用されるべきであることは理屈では分かっているのです。しかし、気分というものは簡単ではありません。
自分が集中できる場所を探すことが何かを成し遂げるには不可欠であるとつくづく考えているのです。
