文学なんてやって何になる。絵を観るだけで道楽な人生を送るのは脱落者だ。そんなことが普通に言われていた時代に私は育ちましたが、いまそれは変わりつつあるのかもしれません。
知識や技能などは実用にこそ重きを置くものであり、生産性のない教養は不要であるとの言をいくつもの見てきました。そういう人たちが行き詰まり、停滞しています。その習慣上新たなイノベーションに活路を見出そうとするものの、そういうことは容易には起きません。結果として失望の毎日を過ごすことになります。
今日、エリートと呼ばれる人が芸術や文学に可能性を模索し始めているのはその反動ではないかと考えられます。行き詰ったら古典に変える、個々人の価値観を見つめなおすというのはこれまでも起きてきた思想史的な教訓です。現代人もまたそのことを思い出さなくてはならない事態になっているということでしょう。
虚学と貶められていた学問が実は非常に必要であったという事実を私たちは確認する必要があります。どんなこともバランスが必要であり、一部が先鋭化すると必ずその軋みは弊害となってしまうということなのでしょう。