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ガラケーの意味

 父が携帯電話を水没させてしまい買い替えることになりました。高齢者にとっては画面操作は難しくやはりフィーチャーフォンにしたいと考えています。

父の行動を観察していると、一つの画面を切り替えてさまざまなタスクを行うスマートフォンのやり方は難しいようです。やるべきことがボタン一つで行えるショートカットが欠かせません。さらにタップ、フリック、スワイプなどの動作は実は繊細な使い分けが必要です。それもスマホ普及以前の世代は理解が難しい。加えて指先の感覚が衰えていることや、老眼で焦点が乱れるのも操作を困難にしています。音声入力は発音の不明瞭さが阻害要因となります。

 これは将来の自分自身の姿であり、高齢化社会を邁進するこの国のすぐ先の状況でもあります。高齢者の視点、能力を考えた技術開発が必要だと痛感しています。いまのところ当分ガラケーの存在意義はありそうです。

引き算ではなく

 働き方を変えるという号令は少なくとも一部の企業には影響を与えています。どちらかといえばトップダウンの動きとして就業時間が短縮されつつあります。

 働き方が時間の問題とだけ捉えられると様々な弊害が起きます。時間短縮だけで業務内容が変わらなければ、結果的に緊張感が高まるばかりであり、かえって労働者のためにはなりません。業務そのものの見直しが不可欠です。

 以上のような議論は最近よく耳にするところです。この考え方の基本はマイナスにあります。溢れ出している労務の削減ばかりが注目されています。しかし、この考え方には発展的な志向性が見えません。現状維持事態が困難な状況にあって引き算ばかりを繰り返すのはいい結果をもたらさないでしょう。

 引きながらも実は強固になるという考えを持つべきだと考えます。単なる減算ではなく、同時により高度なシステムを構築するという気概が欠かせません。時間的にも人的にも限られた中で効果を発揮する方法の模索です。これは撤退というよりは新機軸の開発と考えた方がよい。

 働き方改革は新形態への転換のチャンスと捉えるべきだと考えます。

そろそろ更衣

 最近は朝晩に季節の変わり目を感じます。日中は夏の名残が感じられるものの、さすがに雲の様は秋のものです。

 今朝は半袖で出かけたことを少し後悔しています。かといって上着を着るまでもない陽気なのです。東京にしては湿度も下がり、過ごしやすい季節ともいえます。沖縄近海の台風の接近が心配ですが、季節の進行に伴う更衣が近いのは確かです。

 日々のルーティンを変えることには不安もありますが、楽しみもある。更衣はその一つと考えると、季節のある国土で暮らす恩恵を感じ取ることができます。