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別の物差しがある

 自分らしい表現の仕方ができないと実力が発揮できない。他人の決めたやり方に沿って物事を進めるのは、許容範囲にあるものならば楽でよい。いちいち何をやるのか決めなくてもいいからだ。

 でも、それが自分のやりたいことなり、適性なりから大きく外れているときにはかえってその人の存在を小さくしてしまう。いつもあの人は消極的だとか、能力的に劣っているとか言われている人も、やり方を自分で選べるようになるととたんに才能を発揮することがある。

 やりたいことと、取るべき方法と、その結果とはなかなか良いふうには組み合わされない。なすすべはない。が、少なくとも一つの物差しだけで自他の能力を評価することはよしたほうがいいようだ。見方を変えて違う自分を、別の他人を見つける方がいい。

ハードワーク

 快進撃を続けているラグビー日本代表がインタビューのたびに口にする猛練習や犠牲という言葉になぜか懐かしさを感じます。どこか古き良き時代の香りが漂うのです。

 練習の努力は必ず報われる。成功したスポーツ選手はしばしば口にします。最近ではプロゴルファーの渋野日向子選手が活躍の裏に人一倍の練習を続けていることが話題になっています。恐らく練習を続けられること自体が一つの才能であり、それが結果として表れるということなのでしょう。

 努力は報われるという美談は現代では様々な障害に阻まれます。なるべく小さな努力で大きな成果を出すこと、効率性や生産性に意識が向きすぎている風潮にあって、汗水流すことは決して賢明ではないと考えられてしまうからです。スポーツのように明確な目標が見えない社会生活においてはまず何をどうやればいいのかを考えているうちに結局何もしないということになってしまうことが多いものです。

 無駄になってもいい。後になれば無駄でなくなるかもしれないというより俯瞰した考え方が必要なのでしょう。目先の効率性ばかりを考えていては現状打破は起きない。ときにはただ走る、ただ筋肉を鍛える練習をし続けていてもいいのだと考えるのです。

多様性を認める寛容性

ものごとの流れが一つに纏まり過ぎるようになったときに危機を覚えてしまいます。多様性を認める社会こそ持続可能だと思うのです。

過去の歴史や生物の在り方を鑑みると、環境に適応した集団なり種族は繁栄しますが、環境の変化が起きると対応できずに一気に絶滅に向かいます。あっけないくらい脆く崩れるのです。

そうした事態を避けるためには、多様性に対する寛容さが欠かせません。気に食わないこと、嫌なことでも排除はしないのが賢い生き残り戦術なのです。最近の世情はこの寛容さが失われているのではないかと心配になります。

短冊

スマートフォンを掲げる姿は短冊を持つたたずまいと少しだけ似ています。短冊は筆で書くものであり、長さもあるので実際はかなり異なるのですが、持ち歩いてその場でしたためるという行動には共通点があります。

思いついたことをすぐに文字にするという文化には歴史があるという訳です。ただゲームに興じる大人たちの存在を故人が知ったならばさぞかし驚き、時間の浪費を嘆くことかと想像するのです。

現代人の日常生活風景が未来の人たちにどのように映るのか。少々興味があります。