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選挙公報

 選挙公報は今日から順次届けられるとのことだ。今回は解散から選挙までの期間が心理的に短く、しかも選挙が少ない冬期のため、いろいろ間に合っていない感が強い。

 選挙公報などいい加減にみて、と思っていたがやはりないと候補者選びが難しい。インターネット上にあふれる情報はどこまで本当なのか、あるいは誰かがこさえたフェークニュースなのか判断がつかない。せめて自分の目で確かめたい。その時に公報はやはり必要だ。

 今回は恐らく首相人気の影響が強く出る形になると予想するが、長期政権にいろいろな問題が出ている自民党がどう評価され、何が変わるのかは注目しなくてはならない。

 

衆議院議員選挙始まる

 衆議院議員選挙が始まった。唐突でよく分からない選挙だが、野党が離合したり、ポピュリズムに訴える政党がわけの分からない政策を展開したりとか狂想曲の始まりだ。

 ネットの世界でもさまざまな選挙関連の情報が飛び交っている、この種のメディア対策をした候補者、政党が票を伸ばすようだが、多くの場合は静止画やショート動画であり、印象操作以上のものではない。情報に接する機会は格段に増えたが、その質を見極められないまま膨大な量が流れ続けている。

 名前を連呼するだけの選挙戦は論外だが、盛りに盛ったデジタル情報もいただけない。結局、有権者は愚かであるということが前提の選挙活動が続いているのだ。

 この時期に選挙を強行することからおかしいと思うが、せめて印象や刺激にとらわれない判断をするしかない。恐らく投票率は伸びないというのが大方の見方だろうが、期日前も含めて投票することで、国民の政治への関心を示すべきだろう。

真冬の選挙

 総理は支持率が高いうちに選挙をしたいらしい。積雪期にわざわざ行う選挙はどう考えても時期がおかしい。野党の再編も進むようで野党第一党の合併が報じられた。対抗勢力と成りうるのかは未知数だ。

 高市総理が就任したときは右翼的だと評されていたが、今はそれより極端な右派勢力があるので、むしろ中道に見えてしまう。自民党にすり寄る党は、政策を堅持しないと飲み込まれる。

 野党はこの状況にあっても支持は得られず相変わらず混迷が続きそうだ。単なる人気投票にならないように見守りたい。国の内外で重要な局面にあることは明白であり、その舵取りを任せられるリーダーを見極めなくてはならない。

信念を述べるだけでは

 首相の信念を国会で述べたことで、大きな国際問題が出来している。中国としてみれば日本政府に付け入る糸口を、首相自身が示してくれたのだから、これを利用するしかないと考えたのだろう。想定内の対応のはずだ。残念ながら、しばらくは日本経済にマイナスの影響が出続けるだろう。

 よく言ったと評価する向きもある。恐らく、国際問題に関して距離をおける立場の人にとっては、国としての立場を明言するリーダーは頼もしいはずだ。支持率の高さもそれを反映している。

 ただ、例えば中国との交易や、交流の前線にいる人たちにとっては非常に迷惑な発言だったはずだ。多くの商機が奪われ、またさまざまな交流の機会が失われることになったのだから。

 特定の国が嫌いで国交を断てとまでいう人もいるが、多くの場合は本当に断絶した後に起きる事態への考察をしていない。思考停止して、国益のことなどを考えないのだ。彼らの無責任さが何を犠牲にするのかは考えてみなくてはならない。

 首相が自分の信念を語ることは大切だ。しかし、それがどのような影響を及ぼすのかという推測はしなくてはならなかった。もっと賢く、場合によっては抜け目なく真の目標を達成していくのがリーダーとしての役割だと考える。今回の件でそれが実感されたはずだ。今後を期待している。

女性首相誕生へ

 高市早苗氏が自民党総裁に選出された。時期総理に指名されることは確実であり、憲政初の女性首相が誕生しそうだ。少し遅すぎたがようやく性別による偏重が解消されるきっかけが生まれたことになる。内閣にも少なくとも4名以上の女性大臣を指定してほしい。議員でなくてもいい。能力のある人がいればだが。

 ただ、状況は容易なものではない。少数与党となっていることは変わらず、野党との協力が必要となる。高市氏は右派の考え方を信条としており、靖国神社参拝問題はその象徴的な事実だ。連携できる政党は限られるし、韓国や中国との関係も考慮しなくてはならない。融和を標榜する石破政権は進歩は少なかったかもしれないが大きな損失はなかった。自身の信条に固執するあまり国益を損することのないようにお考えいただきたい。

 保守層の一部が新総裁の誕生を歓迎していることは確実であり、これを機に社会が活性化すればよいが、理念ばかりをふりかざし現実から乖離した政策を展開すれば、分断を生むだけだ。大いなる期待と不安を持たざるを得ない。

学歴があればいいというものではない

 学歴を詐称して窮地に立たされている政治家がいるという。詐称することはもちろん良いことではない。無論人を欺いてリーダーになることは許されるべきではないことだと思う。ただ、たとえば政治家に学歴は不可欠なのだろうかと考えれば話は別になる。

 学歴を積んで政治学なり法学なり社会学なりを修得すれば為政者としての資質を身につけることはできそうだ。多くの政治家はこの方法で基礎的な知識を身につけているはずだ。ただ、ならばよい政治家はランクの高い大学卒であるべきかと言われれば、意見は分かれるはずだ。もちろん、誰もが憧れる大学の卒業生ならば選挙で注目されされやすく、当選の確率もあがる。でも、政治家に必要な包容力とか実行力は学歴とは別の要素である。歴史を見てもわかるように自らの能力が低くても、能力の高い人を心酔させ、その能力を政治に活用できるように引き出すというリーダーとしての能力が大切なのだ。

 そもそも学ぼうと思っても家庭環境がそれを許さず進学できないというケースは多いはずだ。学力がないから大学に行けなかったのだと短絡するなかれ。そもそも学力をつける環境がなく、他からのサポートも受けられなかった人はいくらでもいるのだ。その中には自堕落な生活をしている人もいるだろうが、中にはこの矛盾を何とか変えていきたいと願う政治家候補が生まれているはずだ。私たちがリーダーに求めるのは学歴などのいわば過去の栄光だけではない。これから何をしてくれるのかの方が遥かに大切なのだ。

 学歴を偽る政治家がいるのは、それがないと認められないという事実があるからなのだ。人を判断するのは難しい。高学歴、有名大学卒業という分かりやすい物差しに頼ってしまいがちということである。詐称することは許すべきではないが、学歴だけで人を判断することを反省しなければならないと考える。

新興政党のせいではなく

 参政党の躍進について色々な意見がある。先日、駅前で演説するのを聞いたが誠に真っ当で何の問題もなさそうだった。演説する若者も誠意が感じられた。ただ気になったのは彼が党是をどのように考えているのかだ。

 演説の内容は選挙に行くことによって日本を変えようという選挙管理委員会が言うような内容が大半だった。政治に参加しましょう。あなたが変えるのです。という訴えは的を射たものでこれまで投票所に行かず、不満だけ述べてきた層に一定の訴求力があった。

 ただ創憲案の内容や、外国人の今後の扱いについての話は一切なく、党の主張というものがこの若者に伝わっているのか、あるいは核心は語らないように指示されているのか分からなかった。こんな疑問を持ったのは党首の発信するメッセージと駅前の若者の言いたいことの距離がかなり離れているからだ。この党の性質かもしれない。イデオロギーとか党是よりも、各自が言いたいことをいう政党なのだ。

 ここから私は二つの可能性を感じる。勢いで議員になった方々がこのまま自分の視点で政治活動をすれば党としてのまとまりを欠き、離党が相次いでしまうのではないかと言うことだ。これは多くの識者が似たような予測を立てている。

 もう一つは時々の国民のふんわりとした不満を掴み続け、それを吸収する新しいタイプの政党として生き残ると言うことである。今は右派の立場で得票数を伸ばしたがリベラルにも左派にも、時流によって変わり得るカメレオンになると言うことである。政治をビジネスと考える人たちにとってはこれで十分に満足できる組織だ。

 私の予測は間違っていることを信じたい。中にはナチスの政策との類似性を指摘する人もいる。ナチスは選挙で選ばれた政党であったことを考えれば、今回の選挙結果は新興政党の躍進という問題ではなく、国民が政治を疎かにしてきたことに猛省を促すきっかけとして考えるべきなのだろう。

 

参院選その後

 参院選は予想通り与党の敗北に終わった。自民党が両院において少数与党になるのは初めてらしく、新たな歴史の幕開きとなりそうだ。

 新しい考え方が実現するのは大いに歓迎だが、野党側の党利主義がどこまで実行されるのかが懸念される。必要なのは国民の福祉であり、党の利益ではない。少数党の乱立は利点も欠点もある。欠点が強調されると政治的な衰退を齎す。戦国時代なら亡国の予兆だ。

 現在の日本は今すぐその事態には至らない。ただ、油断すれば何も決まらず何もできない国になり得ない。政党の構成は変わってもしたたかに生き抜く日本風だけは維持してほしいと祈るのである。

ポピュリズムの利用

 ポピュリズムをうまく利用することが今回の選挙の鍵になっている。実現可能か、副作用がないのかといった検証を飛ばして、今の窮状を何とかしてくれそうな甘言をいう政党が支持されている。

 この背景には既成政党の怠慢と無策があるのは事実だ。自公政権は結果的に日本の政治を減衰路線に導いており、ヤミ献金問題に象徴的に示されているように緊張感のない政治を蔓延させてきた。結果として多くの成功の機会が奪われ、国民をミスリードしてきたと言える。

 でもそれに代替する政策を展開できる政党がない。野党は多極化し、それぞれの権益を主張しているが、政権交代をしようとする気概が感じられない。だから、次の内閣を任せる選択ができない。

 このような現状ではポピュリズム政党が台頭しやすい。個人の知名度によって成り立つ政党が乱立し、その中で一部がぎりぎりで当選するという段階があった。それが個人のタレントではなく、スローガンの魅力によって支持を集めるフェーズに変わった。そのスローガンは曖昧だが魅力的に映るものだ。今回ならば日本人ファーストなる言葉だ。自分は日本人だから尊重してくれるのだろう。最近、外国人ばかりで何となく怖い。ここは排外主義に一票投じた方が良さそうだ、と思わせてしまう。

その外国人の多くが低賃金で働いてることを、その職の中には過酷な条件で働いてることをどれだけの人が理解しているのだろう。彼らを解雇するとその穴を埋める日本人を用意しなくてはならない。そういう人がこれから必要になりますとなぜ言わないのか。その辺に不誠実を感じてしまう。

何か現実感のない論法が当たり前のようになってしまったのは恐らく社会の仕組みに問題があるのかもしれない。私たちは誰かが作った情報に頼るのではなく、個々人が自分の置かれている現状を評価する方法を身につけなくてはならない。これが曖昧なまま日々を送るようになったことが問題点であると考える。

ファーストなる甘言

 何とかファーストという政策があちらこちらで見られる。これらに共通するのは自分たちの権利が不当に侵害されており、失われた取り分を回復するという主張だ。その背後にはそこはかとない喪失感がある。





 この考え方は不遇と感じる人々に共感される。現在の日本の状況では上手くいっている人は僅かであり、程度の差こそあれ、何某かの不満を抱えている人が多い。彼らにとって自分を含むグループがファースト扱いされると言われると限りなく魅力的なものと映るはずだ。

 この考えの危いところは、すぐに排他的な思想に流れる可能性が高いことだろう。自分たちがファーストであり、他はその他大勢に過ぎない。自分たちが正義であり、他は邪悪な存在だ。そういう結論に行き着く。

 日本人ファーストをうたう政党がいま支持率を上げている。彼らの言うことには一理あるが、しかし現在の日本が外国人労働力なしには成立しなくなっていることに対して一切触れない。あたかも日本人だけですべてができるようなことを夢想して、平気でファーストなる甘言を振り回す。そして、それにつられる人が多い。民主主義のデメリットが残念ながら表出している。

 アメリカファーストの大統領は、同盟国も含めて日々信頼を落としていることに気づいていない。彼は任期が終われば幸せな老後があるかもしれないが、信頼の失墜したアメリカの斜陽をもたらしたことを後世の歴史家は語ることになるかもしれない。

 都民ファーストなる政党は今の都知事の元では何とかなるかもしれないが、東京の優越をよく思わない非東京の勢力が発言権を持てば窮地に陥るかもしれない。都民ファーストといっても都民への恩恵は僅かであり、政権維持のための補助機能に過ぎないのだから。

 ファーストという言い方を裏返すと、ファースト以外みな疎外という考えである。差別主義を婉曲的に述べた巧妙な表現だ。今後の世界が分断し、互いがファーストを主張したときにどのような状況になるのか。想像するにそら恐ろしい気がする。