実感を伴わない行動は次第に廃れていく、そんなことを実感しているこの頃です。
何でも代替できると考えたいのが私たちの心情にはあります。技術の力が上がれば擬似的な経験もできるし、その精度もあがっていく、だから直接体験しなくても、それに代わるものがあれば、目的は果たされるのではないかと。
しかし、実際には百聞は一見にしかずの状況は変わることなく、メディアを通してのコミュニケーションのもたらす意思不通の現実があります。やはり私たちは空気をともにすることによって情報のやりとりをしているのです。
実感を大切にすることは人の和を大切にすることにも繋がります。こういう時勢だからこそ痛感するのです。