瞬発力が衰えても

 何かを理解しようとするときに働く頭脳の瞬発力はたしかに年々遅くなっている気がする。大学の入試問題などを見ると、よくもこの量を試験時間内に解ききることができるものかと感心してしまうが、かつては自分も似たようなことをしていたのだ。知的瞬発力なるものがあるとしたら、やはり若いころには誰にでもそれがあったといえる。

 人間の場合、この即応的な能力に加えて、経験の蓄積による能力が個人の判断力を補完する。年の功が勝ることがしばしばあるのはこの経験の蓄積によるものが大きい。結果的に急激に衰えてしまうこと顕在化することは少ない。人類が長寿でいられるのはそうした脳の使い方を進化によって獲得できたらからだろう。

 同じことを考えたり行動したりする初動で若い世代には勝てない。私としてはじっくりと考えて初歩の見過ごしや見誤りを集成して堅実な知識とすることを心がけで起きたい。そのためには粘り強く考え続ける習慣を作らなくてはならないのだ。

瞬発力が衰えても” への1件のフィードバック

  1. あなたの文章は、年を重ねるにつれて頭の回転が鈍る一方で、経験が大きな味方になることを考察しています。スピードは以前ほどではなくなっても、成熟によってより冷静に考え、ミスを避け、より確固たる知識を築くことができるのです。これは忍耐力、継続的な学び、そして経験がもたらす強さを大切にするよう促すメッセージです。

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