フロッピーディスク

 職場の同僚にフロッピーディスクの存在を知らない者が増えてきた。それは何ですかと言われる方がまだいい。ネットの動画で見ましたとか、親が話しているのを聞いたことがありますなどと言われると、あなたは昔の人ですねと言われているのと同じように聞こえる。

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 最初に買ったコンピューターはフロッピーディスクなしには起動さえしなかった。しかも途中でディスクを入れ替えてようやく起動したのだった。その後、外付けハードディスクなるものが誕生してスイッチを入れれば起動し、入力画面までたどり着けるようになった。その時は実に驚いたものだ。今は蓋を開ければ起動するといっても過言ではないほどだ。

 フロッピーディスクの容量は1メガ程度であり、解像度の高い写真が数枚入るほどしかない。私が使っていたころはほとんどがテキストの情報であり、この小さな容量でも何とかなったのだ。私は万葉集の検索用のデータを打ち込んでは試していた。そんなものはより優秀な研究者による商用版にたちまちのうちに乗り越えられてしまったのだが。

 フロッピーディスクとは何ですか、という問いは私の世代でいえば蓄音機とは何かというのにもう近くなっている。資料では見たことがあるが使ったことはない、そんなものが世代ごとにあり、そのサイクルはどんどん短くなっている。今はAIが世の中を変えようとしているが、しばらくたてばAIって何ですか、ああ、むかしパソコンとかいうものに文字や音声で質問していたというものですね。いまは脳に内蔵しているものですけれどね、などと言われることになりそうだ。

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