花見の役割

 京都の今宮神社で行われるやすらい祭を見に行ったのは学生の頃だからはるか昔だ。民俗学で重要な祭礼の一つとされ、花鎮めの古例が残存したものと考えられている。桜花爛漫の頃は疫病の流行も多かったようで疫神を鎮撫するのが源流だったようだ。

 人によってはこの祭礼が形を変えて花見になったのだという。桜花の下での乱痴気騒ぎは最近あまり見られなくなったが、これが人が楽しむためのものではなく、神への供饌もしくは神人共食から変化したとすれば、花見で飲み過ぎて犯した過去の失態も少しは言い訳できるかもしれない。

 無意味な花見は止めた方がいいが、花見をする余裕を失っている現状は他の意味で残念だ。ゆとりのある生活を取り戻さなくてはならない。

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