記憶はいつか消えていく。歳をとるとその速度が速くなっていくのを実感する。さまざまな媒体に記録しても、それはすでに自分の記憶ではなく、何かが省略され、何かが誇張された現実に似て非なるものである。
ならば現実は直ぐに消え去る儚いものなのだろうか。私たちはその問いを全力で打ち消そうとする。記憶が消えても、いかに現実を過ごしたのか。それが周囲の他者にいかなる利益をもたらしたのかという尺度を持ち出して有意義なものであることを死守しようとする。これは実はとても大事なことだ。
人生を一人の視点からしか見なければ、人の死は全ての終わりだが、人類という単位で見れば、個々人がそれぞれ積み重ねてきたまとまりのようなものである。それぞれ皆違いながら、多くの共通点を持つ。記憶を組みあわせれば人間としての共通経験が形成される。その意味では人間の記憶は意外にも長い。
いずれ忘れることであってもそれを考えることにはやはり意味がある。
