オンリーワンの美学

 ナンバーワンにならなくてもいい。オンリーワンを目指せという言葉は流行した歌詞にもあって人口に膾炙している。しかし、これは言うに易し、行うには覚悟がいる。負け惜しみと区別がつきにくいのだ。

 ただやはりオンリーワンの美学は大切だと思う。人を何かの物差しで測るとたちまち序列が生じる。身長順、年収順、家柄の序列、その他何でもいい。たちまちに序列が発生する。ただ物差しが変わればこの順番は一変する。例えばもっとも私の性質を備えたものという基準では紛れもなく1位は私である。

 物差し次第で世界はいくらでも変わるということを私たちはもっと意識していいのではないか。私は他にはいない。極めて不格好で要領がよくないがこれらの条件をすべて満たしているのは私しかいない。不細工と不器用の絶妙なバランスだ。歴史を学ぶとあらゆる美意識も価値観も無常である。たまたま誰かの基準で低い値になったとしても、過去もしくは未来においてその数値がそのままであると誰が保証できようか。

 最近の私は全く時流にはあっていない。それで衰微していくのが既定路線なのかもしれない。でも少し上空に登って見下ろそう。お前の振る舞いは単に時代遅れなのか。それとも真の評価がなされていないのかと。

 老いの繰り言と失笑されそうだが、やるべきことをやり続ければ必ず世の中のためになる。その役を演ずることをまだ諦めたくはないのである。

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