恥ずかしい都知事選挙

 都知事選挙に56人もの立候補者が出たことは政治の活性化でも何でもない残念な出来事である。特に街頭にある掲示板は巨大化し、さらに無意味なポスターが貼られている。なかには公序良俗に反する内容や選挙と全く関係のないものもある。明らかにおかしく、民主主義の悪い点が強調されてしまっている。

 ポスターの掲示についてはその内容を制限する法律がないようだ。だから、選挙とは無関係のものを掲出してもいいという解釈も生まれる。また、掲示板に貼る権利を売買している政党にも処罰がしにくい。選挙に立候補するくらいの人物は良識をもっているだろうという前提が崩れているのである。

 歯がゆいことにこれを機にたとえば供託金をあげようということになると、富裕層以外の立候補ができなくなってしまう。ポスターの検閲をしようとなると基準をめぐって議論がいる。ポスターなどそもそもいらないという議論には、選挙そのものの存在意義にもつながる話になるのではないか。ネットがあるから大丈夫だという人は、インターネットが抱える様々な問題を見逃している。細かく規定を決めてしまうといろいろな自由を奪っていく。新しい時代のやり方に変えるべきだという人の議論には、それまでなぜそれが必要だったのかということに対する考察がない。

 都知事選挙の異変で選挙への関心が高まったのではないかという人がいるが、候補者の政策や、将来へのビジョンに対する議論がなされず、このような売名や選挙ビジネスの方が注目されるようでは有権者は失望するばかりだ。有権者としてできることは、まっとうなことを言っていながら、実はしたたかな私欲を隠匿している人物に政治をやらせないことしかない。そのためにはやはり投票しかないのだろう。

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