脳が見せるもの

 私たちは見たり聞いたりしたことを脳で認識している。普段は意識することはないが、何らかの事情で脳の機能が低減したときにそのことを感じる。

 慢性的に脳の機能は低下していく。これは人間の宿命というべきもので今さらどうしようもない。ただし、自分には無縁と誰もが思っている。あるときに急に気づくのだ。記憶の力が落ちたと。感性の低下で感動することが減ったことも。

 脳が見せるものが現実の世界だとしたら、人間の見る世界は脳の機能で規定されていることになる。私たちが見ているのは脳というフィルターを通して投影されたものなのだ。

 これは考えてみれば当たり前だ。感覚器の機能の中でしか物事は把握できないし、その中で様々な判断がなされる。このことは些かの寂しさも伴う。私たちは世界をそのまま見ているのではないのだ。人間の機能で捉えられるものだけを見ているのに過ぎない。

 こういうふうに考えていくと、私たちが考える真理とか正義といったものが、実は相対的なものであると気づかされる。人間とは違う認識能力を持った生物が見る世界は全く違うかもしれず、その中で生成されるルールやモラルは我々とは似ても似つかぬものなのだろう。

 脳が見せる世界は何なのか。それを考えていくべきなのだ。見ているものが全てではない。私たちは見られるものしか見ていないのだから。

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