ソーシャルメディアという形容矛盾

 Twitterの方針転換に関しては何度か問題になってきた。トランプ前大統領のツイートを排除するかしないか、リツートの回数を制限するとか、そういうことが最近話題になっている。

 恐らく、TwitterにしてもFacebookにしてもそれを提供する企業の事情でこれまでも強制的に方針が変更されてきた。これからもそういうことが繰り返されるはずだ。ソーシャルメディアは日本ではソーシャル・ネットワーク・システムなどと言われてるが、いずれにしても実はソーシャルではなく一企業の商品に過ぎない。ただその上に、政治家も企業も乗っかっていくのであたかも公器のようなふりをしているだけだ。

 これに頼りすぎるのは危険だし、そもそも公のものではないことを知るべきなのだ。そうでないと一部の企業経営者の思惑に踊らさることになる。ただで使わせてくれる利点だけを活用して、活用されないようにすることが市民の心得ということになるだろう。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください