待つ

 今年の授業のテーマは教え過ぎないことである。単なる情報伝達ならば人間以上に優れたものがある。教えなくてはならないのはそれらを駆使して運用する言語能力である。この方は助言がいる。

 自分が受けてきた授業では教員が一方的に情報を与え、生徒はそれをとにかく覚える。無批判に受け入れられる生徒ほど成績がいい。それで大学まで合格できてしまう。できないのは先天的な要素もあるが、それ以上に他人の価値観を素直に受け入れる能力だろう。

 そういう人材の中には、自分から新しいことを生み出したり工夫したりする能力がない人も多い。与えられたことは見事にやってのけるが前例のない事態に対しては弱い。それが日本のエリートの主流と考えられる。

 では自ら考える力を培う為には何をすればいいだろう。その一つの仮説として答えでなく答え方を教える方面へのシフトだ。教員ならばこの理想論は必ずどこかで聞いたことがあるはずだ。教育学者が理論として述べることも多い。でも具体的に何をすればいいのかを示す人は少ない。示してもおよそ実現不可能であったりする。それでは前に進まない。

 私はまず生徒諸君が考える時間を作ることが肝要と心得る。答えを次々に提示するより時間がかかる。伝えられる情報量は激減する。いろいろなことを割り切らなくてはならない。でも目的が考えることの方にあるならばそれを優先すべきなのだ。

 4月からはかなり違った授業になるのだろう。冒険であるが楽しみでもある。

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