絶対的な正解がある場合は全力でそれに近づくことを目指すべきだ。それが努力というものであり、この行為は必ず報われる。だが、正解のない問いの場合はどうだろう。
世の中の大半のものは実は正解が分からない。現時点では正解と思うものが、実は間違っていたということはいくらでもある。暫定的な正解をあたかも真実であるかのように。考えるのは錯覚というものだろう。
だから、かならずしも合っているとは限らない正解だけで判断するよりも、その問題に如何に向き合い、どう結論したのかということを評価の対象とするべきなのだ。プロセスを見ることの大切さを忘れてはならない。
現状では結果ばかりを重視する状況にある。結果から遡及するのがよいとも言う。しかしこの考えでは新しい考えは生まれない。手っ取り早く多数派の意見にたどり着いたほうがいいのだろうか。私は中長期的にはそうではないと考えている。
大切なのはその人らしく何をしたのかということなのだろう。単なる比較の問題ではない。そういう評価がどうしたらできるのかを考えるべきだ。
