AIの発展は著しいものがある。音声入力に感動していたら、今度は自動文章作成能力まで獲得していた。これからの人間は何をすればいいのだろうか。
定型的な文章の作成ならば、機械に代替できることは予想がついていた。国語の時間に生徒に教える作文の授業は大体型で教えるものである。たとえば、第一段落は自分の言いたいことを疑問文にして問題提起の形にする。第二段落では一般的によく言われている事例を扱い、通説を確認する。第三段落ではそれを超える自説の良さを訴える。第四段落は第一段落の疑問に答え、言いたいことを明確に言う。こんな指導をしている。
この指導である程度格好がいい文章になる。うっかりすると名文のように思ってしまうことさえある。この思考の型は理解しやすいからだろう。
しかし、型はあるが内容はないという文章になりがちだ。それでいいのかと言われればやはりおかしいと言うしかない。でも、このあたりまでの作文であればコンピューターが達成してしまうようだ。
私たちがやらなくてはならないのはその上と言うことになる。今のところAIは意味の世界までは踏み込めておらず、統計的に可能性の高い組み合わせを提示しているに過ぎない。ならば、人間がこの意味の世界で生き残るべきなのだろう。
意味もしくは価値を創出することは機械が苦手な分野である。ならば私たちは積極的に価値の創出に力を注ぐべきだろう。それこそがこれからの作文術ということになる。
