北千住

 北千住は幼年期に過ごした町だ。ほとんど記憶の限界にある。信憑性は怪しいが、三輪の自動車が走り蕎麦屋が驚くほど積み上げた桶を自転車で配達していた。たびたびあった縁日での調子のいい口上に合わせて、風船売が衆目を集めていた。

 家の目の前にあった大きなお屋敷が実は高名な作曲家のものであったこと。どういうわけかその中に上がり込んでお茶か何かをいただいたこと。その家の犬に噛まれたこと。隣の同級生がやけにいいやつだったこと。ありとあらゆる流行病にかかったこと。ローラースケートでころんで脱臼したこと。どこかの病院のドアに指を挟んで泣いたこと。床屋に入ろうとしたら大きな猫がいて入れなかったこと。近くの川が汚染されていて泡だらけだったことなど断片的に思い出す。このうちいくつかもしくは全部は後世誇張されているものかもしれない。記憶は怪しい。

 北千住はいまは通過駅だ。今はどうなっているのだろう。私の過ごした時代のような未完成で清濁併せ呑むような街ではなさそうだ。北千住が理想の町と考える若者はいるはずだ。私も方向性は全く違うが暮らしたい町である。

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