感情の名前

 自己暗示の手段として感情の把握というのがあるらしい。自分がいまどのような感情に包まれているのかを把握すれば対処の仕方があるというのだ。

 冷静に考えればこの考えには矛盾がある。人の感情は多種多様で限りない連続体である。常に動いていて変化は止まらない。いまどんな感情なのかを説明することは走っている自動車のタイヤの文字を読むより難しい。

 それでも敢えて感情に名前をつけるのだ。全力で走ったあとで、ふとなぜ走るのか疑問になって叫んだときの気持ち、などと状況を限定すればその時の感情として標識化できるのかもしれない。

 感情に命名するとある程度その感情を把握することが可能になる。場合によっては制御も可能だ。こうして自己暗示するための手段になりうるということだ。

 付けられた名前は所詮近似値のようなものだ。でも、不正確でも自分の内面の一部を掴むことで安心感が得られる。それが自己暗示には大事だということだろう。

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