
いろいろな自己啓発系の本を読んできて思うのは、述べられていることを要約すると古典の先哲の述べていることとそうは変わらないということだ。新しい考え方というが実は、何百年も前の人が残したこととあまり内容が変わらないということ多々ある。何が違うかといえば、それは具体例をどれだけ示せるのかということだ。
私たちが何かを理解しようとするとき、意見や主張にあたる部分だけを読んだり、聞いたりして納得できることは少ない。説得されるためには自分の経験や知識と重なる具体例があることが関係する。自分の経験に近いからもしかしたらそうかもしれないと納得することができるというわけである。どんなに正しいことを言われても、それが身近なものでなければ自分の問題として理解することができない。どうも私たちの頭脳というのはそういう仕組みになっているらしい。
よく売れている本を読むと、その具体例が非常に豊富だ。中にはできすぎではないかという例もある。これはクリティカルリーディングが求められる領域だ。それを差し引いてもなるほどと思わされる事例がたくさんある意見に対して納得をしやすい。
この手の本を書く人はインタヴューに力を入れている。その蓄積が作品の成否に大きく関与すると言ってもいい。偉大な宗教者や哲学者もそうした具体例をたくさん持っている。本当に体験したこともあれば、人の輪を通じて入手した事例もあるのだろう。それを言語化し、自分の考えに結びつけられたものが思想を展開できたのだと思う。これは今も昔も変わらないのだろう。
自分のことを振り返るに、やはり圧倒的に言語化という方面ができていない。これといった経験はしてきていないし、人に誇れる行動もない。でも、ささやかな経験の中から受け取ったことはたくさんあったはずで、そのたびに自分の言動を修正してきた。そのほとんどを忘れてしまい。言葉にできない。感動の体験を少しでも言葉にすることをこれからの小さな目標にしていこうと考えている。このブログはそのごく一端を記すためのメディアである。
