演劇に関しては素人だが、演技について時々とても気になることがある。そのうち手の演技について少々記す。
演劇では所作によって感情の表現をすることが多い。精神を体現する手段だ。人が何を考え感じているのかは外側からは分からない。でも表情や身振り手振りでおおよそは察することができる。目が潤んでいるとか、小刻みに震えているとかすればそれだけでその人物が何らかの強い感情にとらわれているということになる。
しかし、こうした細かな身体表現は遠くの客席からは分からない。そこでデフォルメが行われることになる。原則的に無言劇であるバレーでは感情表情がある程度定型化している。あの動きはどの感情を表すのかが決まっている。能や歌舞伎などの伝統的演劇にも所作の型がある。中には非現実的な動きもあるが、型だと思えば受け入れられる。
現代劇やドラマでも型はある。照明やテレビ中継の技術の進歩により、現代の俳優は細かい演技が可能になった。流す涙の筋までカメラが追いかけてくれる。それでも型が必要なのは、分かりやすい表現が求められるからだ。
身体表現の中でも印象的で理解しやすいのが手の演技だ。清岡卓行氏の文章ではないが、手には無限の表現の可能性がある。それをどう活用するのかが役者の技能だ。若い俳優はそれが未開拓であり、ベテランには巧みな人が多い。
