第三希望

 時々思い出してはとらわれてしまう感慨がある。今自分がやっていることは本当にやりたいことではなかった。第二希望ですらないと。せんなき思いが心をしばりつける。

 詳しく言えば第三希望でもない今の状態を嘆くのはたやすい。人生は上手く行かず残酷でさえある。ネガティブな思考は下に伸びる螺旋階段を進み始めてしまう。そんなときは無理にでも思考のあり方を変えるしかない。

 科学の理論によれば世界は絶えず分岐して様々なな世界が存在する可能性があるという。理屈では分かるが納得はできない考え方だ。でも、仮にそうだとすればもしかしたら別の世界には第一志望を叶えた自分が生きているかもしれない。

 彼が本当に幸せだろうか。満足度の高い日々を過ごしているのだろうか。その可能性もあるが、正反対のことも考えられる。それを選んだために起きる悲劇があるのかもしれない。第二希望を叶えた自分もそうだ。何があるのか分からない。

 第n希望を生きる今の自分がまったく不幸かと言えばそうではないことは確かだ。何がよくて悪いかなど分かりはしない。できるのはいまの第n希望の人生を精一杯生きるしかないのだ。

 こういう思考のループをしているうちに降りる駅が来る。やらなくてはならない仕事が締め切りを迎える。どうしようもない私を頼りにしてくれる人がいる。ここで迷いは一旦隠れる。また思い出すまで。

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