所作の地域性

ヒロインはどう振る舞う?

 喜びや驚きをどのように表現するのか。それは考えている以上に文化的な差があるようだ。その事実はなかなか表面化しない。

 感情に合わせて身体が動くことは誰もが体感できる。ただ、その動き方は文化の差がある。喜怒哀楽をどのように表すのかは文化圏の中で伝承されている。非言語の伝承は明示的にも、非明示的にも行われる。このうちの無意識の伝承は厄介だ。伝えている方も伝えられる方もその意識がない。だから、何かきっかけがなければ意識されない。

 私が気づいたのはディズニーのアニメーションを見たからだ。ヒロインが何かを語るときの姿勢がどうも不自然に感じたのだ。不自然というのは動きがぎこちないというのではない。むしろ動作はなめらかで人間が演じているかのようだ。不自然さはその所作が現代アメリカ人の典型的なものになっていることにある。この時代の、この地域の人はそうは振る舞わないだろうと予感しうるのだ。

 ディズニーは決して綿密な時代考証は目指していない。ストーリーのテーマ性が確保できればあとは何でもいいのだ。文化剽窃の可能性があるがすでに型ができているディズニーはその方面でとやかく言われないだろう。

 ラプンツェルやモアナが現代アメリカ人女性の典型的な所作をしても、多くの人は気づかないのかもしれない。でも、一度気づいてしまうともう気になって仕方ない。所作には明らかに文化差がある。

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