
有名なエピソードに「ショッピングモールの迷子」というものがあるらしい。これは人の記憶が如何に危ういものであるかを物語るものだ。
成人の被験者に家族から聞いたエピソードとして4つの話を聞かせる。実はそのうちの一つのショッピングモールで迷子になったことがあるというのは実験者が勝手に加えたもので、事実ではない。ところが、4つのエピソードをすべて本当の思い出だと思い込んだ人が全体の4分の1に及んだという。
記憶は過去だけではなく、現在や未来にも影響を及ぼす。記憶として残っていることが行動の規範になることもあるからだ。しかし、ショッピングモールで迷子になったことがない人が、その経験をもとに何を考えたり行動したりすることがあるということになる。この程度のことなら罪はないが、これをたくみに利用すれば他人の記憶を操作できることにもつながる。
この実験が知られてから、裁判で過去の記憶を証拠として扱うことが慎重になったという。虚偽記憶とか過誤記憶などと分類される様になったのである。人の記憶はかくして曖昧で移ろいやすい。
そうはいっても、私たちは記憶の中で生きている。もし、一切の記憶がなくなれば世の中は大変ワイルドになる。安心して歩くこともできない。記憶は私たちが生きる支えだ。
ならば、この曖昧な世界をどう生きてゆけばいいのだろう。まずは自分の記憶を絶対的だと思わないことだ。他人の記憶も同じだ。その脆くも頼らざるを得ないものをなるべく出し合って、折り合いをつけていくしかないのだろう。これは人が生きることの基本なのかもしれない。
