自画像

I’m here.

 自画像を残している画家は多い。中には群像の中に自分の姿を意図的に混入することもあるようだ。なぜ自画像を描くのだろうか。

 モデルが雇えないときの窮余の策として鏡に映った自分の姿を描くということはあったようだ。モデル料金もいらず、好きなポーズを好きな時間だけ取らせることができるのは自分自身だ。

 でも、十分な収入がある画家も自画像を残している。一種の自己顕示欲を満たすためなのだろうか。先に述べた他の目的の絵画に己の姿を描き込むのは、その意味もあるのかもしれない。それとともに、絵画の世界のリアリティの保証のために、自らの存在を追加したのかもしれない。絵はそれがどんなに精巧なものでもフィクションだ。それがリアルな世界と交流する手段として、自分を登場させたことになる。

 もしかしたら風景とともに自分を撮すセルフィにも同じ精神があるのかもしれない。どんなにきれいな風景でもデジタルに変換した時点でリアルではなくなる。電子信号の集合体に過ぎないのだ。そこにせめて自分の姿を加えることで、かろうじて現実味を残したいという気持ちが自撮りの要因の一つかもしれない。

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