別の道

行き方はいろいろ生き方もさまざま

 不景気になりつつあるだろうか。世情に寛容さが失われつつあるのを感じる。こんなことを書くと印象で判断するべきではない証拠を示せと言われそうだ。なんでも証拠がないと動かないのも今の風潮だと言える。

 山の登り方には何通りもあるように、何も最短ルートを行くのがよいとは限らない。危険だから全員迂回するようにというのも何か間違っている。極端な例だが、このように選択肢をある程度絞って、その中から選ばなくてはならないというのが現代の日常だ。

 それに息苦しさを感じると洒落ではないが生き苦しくなる。その人なりのやり方があっていい。それが一見非効率であったとしても。

 他人に迷惑をかけるのは論外だが、そうでないならば様々なやり方を認めてもよい。それが自分の特権としてあるだけではわがままに過ぎない。他人のやり方を寛容することに世の中を変える鍵があるのだろう。

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