
国語の問題の笑い話に、登場人物の気持ちを答えさせる問題というものがある。作者自体が答えられなかったというエピソードとともにこの種の設問を揶揄するものである。
小説の世界は作品全体を通して形成される。それに対して国語の問題文は短く、切り取られた場面の中だけで完結させなければならない。多面性のある人物像のある一面だけが切り出され、その部分が強調される。そこを質問のポイントに設定すれば全体像を創造した作者の意図しない人物像が出来することもあり得る。
人物の気持ちを問う問題の難しさはこのような点にあるが、それでもこの行為自体は避けるべきではない。人の気持ちという目に見えず曖昧さを含むものを言葉で説明することはこれからの時代に求められる能力の一つだ。他者との協働が不可避不可欠な今日の状況において、心情を察することは大切だからである。
だから、登場人物の気持ちを問うことはこの力の養成に繋がるものと考えるべきだ。小説の精読はその機会としてふさわしい。新しい高校の指導要領で文学が軽視されてしまったのは残念だ。現場の教員はうまく立ち回るべきだ。文学作品を読ませることに躊躇すべきではない。
