
教科書の単元に新聞の投書を書くというのがあった。念のために家で新聞配達を頼んでいるのか聞いて見るとクラスの四分の一くらいがとっていないと答えた。私の常識は通用しないことが分かった。
比較的裕福な家庭からの通学者が多い学校でこの有り様だから、実は新聞の宅配率はかなり下がっていると推測する。もっともほとんどの家庭が新聞を購読する国は実はそれほど多くはないという。ネットニュースなど報道に触れる機会はいくらでもある。無理にとる必要はないということなのだろう。
すると投書というものがイメージできない生徒が相当数いることになる。部分的で扇情的なコメントが投書と混同されている可能性は高い。自分の意見を読者を意識して書くということは、難しい行為ということになる。
国語の教員の出番はまだありそうだ。
