分からないことが前提

分からないことだらけ

 なんでも検索すれば分かると考えてしまうのが現代人の発想法のようだ。確かに手元のスマホで検索すれば説明が即座に出てくる。音楽を聞かせれば曲名や演奏者の名前が瞬時に分かるし、昨日は道端の花を映像検索して和名や学名を知ることができた。検索可能な世界観はこのようにしてできあがっている。

 しかし、本当は検索などできはしない。同じ花でも株ごとにみんな違う。音楽は同じ音源であろうといつどこでどのような目的で聞くかによって意味が変わる。記号化された世界は、その網目があらすぎるといい加減な把握になる。結果として大切なものを取りこぼす。

 分からないことが世の中にはたくさんあることを再認識するべきなのだ。誰か別の人が調べたことで世界が説明しつくされている訳ではない。検索しても分かったつもりになってはならない。分からないことだらけの毎日こそが現実であり、それ故に私たちは豊かな可能性のある日々を生きているのではないだろうか。

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