自信を持たせる

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 中等教育の神髄は何かと考えたとき私の今の答えは自信を持たせるということだ。何かを判断する、意見を述べるといった局面で必要な思い切りは、一種の自信が裏付けになる。それを保証してあげるのが中等教育の教員の役割である。

 中高生の意見はしばしば矛盾があり、視野が狭い。正論のように見えて実は世間の実情に合致しておらず、本当は成り立たないということもしばしばある。しかし、それをいちいちつぶしていたら現状打破の考えなど生まれ得ない。生徒に接するときにいつも気を付けているのは現状では間違いかもしれないが、将来はこれが標準になるかもしれないという予測をするという心の準備だ。

 年を取ると知識や経験が現状をさまざまに切り取っていく。それは多くの場合有益な生きる知恵となるが、同時にしばしば新しい可能性の機会をそいでしまう。悲しいことだが現実だ。安定的な時代であればそれでいい。しかし、今後の世界はかなり不安定だ。経験則が必ずしも役に立たなくなる。

 そうした時代を生きる世代のためには自ら考える力を与えることが何よりも大切だ。新しいことを考えるには一種の自信がいる。自信を超えた過信もいるかもしれない。学校はその体験をさせる場となる必要があるのではないか。失敗が許され、やり直しが当たり前のように行えるのは在学期間までだろう。もちろん実社会でも失敗は可能であるかもしれないが損害が大きい。間違ってもいいから正しいと思うことを言ってごらんといえるのは教員の特権かもしれない。

 そのためには自信を持たせるための方法を獲得しなくてはならない。教員としてのスキルを再認識する必要がある。独善的な考えを注意深く排し、本人の可能性を伸ばすような指導ができれば教員としての本望だ。自分はできないが生徒にはできる。そういう考えが必要だ。自分の育てている人物は今は未熟でも、将来自分を凌駕する大人物になる。そう信じることが教員の基本的な資質であると信じる。

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