
述べて作らずというのは論語以来の中国の教えの一つである。事実を述べることはしても創作はしないという精神論だろう。果たしてこれは今どのようになっているのだろう。
中国の古典文学、つまり漢文の世界では創作はあくまで二次的な行為であったようだ。漢文に史伝は多いが小説のような虚構の文学は少ない。寓話的な話はあっても現実の例え話として語られる。
だから、漢文の世界では作り話は忌まれる。本当にあったこととして語られる。創作に対する評価が低かったのだ。これが中国文学に小説的の誕生を遅らせることに繋がっている。
最近の中華ドラマや韓流ドラマの歴史をみるに史実との乖離が甚だしい。歴史はモチーフの一つにすぎず、いくらでも改変が可能だ。述べて作らずの伝統はどこにいったのだろう。対して日本歴史ドラマは史実との比較にうるさい。史実とは異なるというクレームを本気になって言う輩が一定数存在する。
創作を嫌っていた儒教国と創作に熱心な日本の国民性との比較を私たちはしておくべきだろう。
