
春分の日である。日本にとっての春分点通過が3月21日0時33分だったので、21日になったということだ。昼夜の時間がほぼ等しくなり、これからは昼の方が長くなっていく。この天体現象に古人はさまざまな思いを託してきたようだ。
彼岸の中日としても知られている。彼岸は仏教的には悟りを得た後にたどり着く境地のようなものを指すらしく、いわゆる涅槃のことを指すと考えられる。このあたり諸説あるらしく、様々な説明がなされている。
日本ではこの彼岸の考えを春分や秋分に太陽が真西に沈むことと重ね合わせる伝統があった。太陽信仰は古事記における天岩戸伝説にもほの見えるし、様々な古代の伝承に太陽神の伝統が見えるという(洪聖牧「太陽神論」)。さらにはこの時期には祖先との精神的連携が可能になるなるとして墓参りの習慣などがある。彼岸が祖先とのつながりを持つ過程にも様々な考察がある。(「中村牧子「祖先崇拝と天皇信仰」)。
太陽が真西に沈むとことが西方浄土の信仰とつながったことが彼岸信仰の始めといわれる。もしかしたら仏教伝来以前から素朴に持ち続けてきた日の出、日の入りの場所が年間を通して周期的に移動する不思議さがその下地にあったのではないか。
さて私たちは太陽や月、星をどれほど見ているのだろうか。天文学や気象関係者が周期的にメディアに発信する記号、数字としてしか知覚していないのではないだろうか。春分の意味を考えることは、人と自然とのつながりの希薄化を見直すことにつながる気がする。
