復習コラム

ノートは思考の跡を残すもの

 授業ノートを書かせる方法をいろいろと考えてきたが、最近思うのは受け取ったことを言語化する過程が重要だということだ。数年前からは「復習コラム」を書くことを指示してきたが、あまり効果に自信がなかったため控えめに行ってきた。最近様々な知見に接してどうも効果はありそうだと考えるに至り、新年度からはもっと積極的に打ち出していこうと考えた。

 授業のノートをとらせると板書したことをただ写すだけで、そこにはつながりがない。短文の羅列であり、単語しかないこともある。それでは理解は深まらない。ノートの意味はほとんどない。

 大切なのはノートを思考の後を残すものとして活用させることだろう。どのように問題点を見つけ、どのように考え、結論を出すに至ったのかを可視化することがその役割なのだ。国語の授業はそれを行うことを中心にするべきだという考えに至った。特に中等教育ではやるべきだ。

 そのためには授業の最後に振り返りの時間を設け、今日の授業の要点を短文でまとめさせるのがいい。いろいろな話題があったが、その中で一番大切なのはなんであったのかをまとめるのだ。国語の場合はそれを2、3行の文でまとめさせたい。さらに余裕があれば、感想を付け足すことを求める。それは、疑問点や批判的な内容であればなおさら良い。自分で考えたことの足跡を残すのだ。書いた部分の周囲を囲み、「復習コラム」と私は名づけることにした。

 これを国語だけではなくすべての教科でできれば、確実に理解度は上がるに違いない。多くのビジネス書のノート術と称するものを読むと、このまとめにあたる部分、つまり講師の話を受け身でとらえた部分以外の、より自発的なものを書く行為が成功の要因であるという。これを中高生時代からやらせれば、将来の有望人材を育成できるのではないだろうか。

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