古典を読んでいると自分の名前を一人称として使う例がたくさんある。ごく普通のことだったようだ。この言い方には実は隠れた効果があるのかもしれない。
現代において大人が自分の名、それもファーストネームを使って一人称としたらかなり奇異な感がある。教養がないか、自意識過剰なのではないかと考えられるはずだ。その前に失笑されるに違いない。私たちにその習慣はない。幼い子どもを除いて。
一方で別の意味から自分の名を自分で呼ぶことを推奨する場面がある。苦境に陥ったとき、自分を励ます方法として。自分の存在をメタ認知して俯瞰した自分から眼下の自分対して呼びかける方法なのだという。
ドラマの登場人物などが台詞としてそのように言っていることはよくある。でもいざ私にもできるかと言えば、何かどこかに抵抗がある。
自分の名前を読んでみる練習がいるのかもしれない。はじめは違和感ばかりだがそのうち自然に言えるはずだ。おそらくそれが天上の自分が完成したことを意味するのだろう。少し試してみたい。
