作業時間の短縮を呼びかける人たちの中には、明らかに心的な余裕をなくしている人がいる。作業時間を減らせば効率が上がるというのは事実だが、それで終わってしまえば自分を機械に調和させたというだけの話だ。
大事なのはその後である。機械的な仕事は効率化してより曖昧で複雑なことに関する考察をする時間を持たなくてはなるまい。作業効率はそのための手段に過ぎない。となると、そのより高次の思考にも機械的な発想を持ち込まないか心配になる。
決められたことを処理する仕事と、未知の分野を開拓する仕事は性格が異なる。試行錯誤の上で無駄になることが数多く出てしまう。まさに失敗の山からわずかな成功を見いだすことが寛容だ。
時間短縮恐怖症の人々にこの忍耐力を持っていただかなくてはやはりイノベーションは起きず、徒労感のみが残ることになりそうだ。
