18歳以下の国民に10万円の分配をするという法案について議論がなされている。結論から言うと反対である。私の家族に該当者がいないという理由ではない。困窮の度合いに無関係に金を配るというのは愚策であり、財政破綻をしつつある我が国の国益に大きく反する。
かつては貧乏人の子沢山という言葉があった。しかし、いまは財力がなければ子どもが作れない時代だ。子どもがいるということは資産があるということにもなっている。もちろん、これには個人差があって一概に言えることではない。それでも子どもの数で金を分けるというのはいまの時代には合っていない。
子どもをつくれば将来にわたって支援金が出るというのなら話は別だ。しかし、今回の給付はあくまで一時的なものであり、国民の分断を生む以外の効果はないように思える。一部の政党の選挙に勝つための戦略であって国益に沿うものではない。
収入が少なく、善良な(犯罪を犯していない)国民に対して分配するのが優先順位としては先だろう。経済的な保証ができれば希望も持て、就職も可能となり、結婚も可能だ。働いているのに収入が増えない層へ手厚く分配する方法を考えるべきではないか。
補助を受けるべき人々の基準を明確にしなくてはなるまい。年齢で区切ることは簡単だがそれではバラマキだ。前回の国民全員への給付が経済効果をあげていないことを考えたい。
分配しなくてはならないのは現在の厳しい現実を乗り越えるための知恵や、相互扶助の精神の徹底だろう。富めるものが篤志の心を持ち、社会のために消費することの美徳も伝えるべきだ。政治家だけの役目ではないかもしれないが、きっかけは作ってほしい。

