たわごと

 野球観戦に行くと独り言を言うおやじさんが必ずいる。興奮すると独り言のボリュームを忘れてしまうようで周囲の人も巻き込むことになる。何でここでカーブを投げるんだ。俺なら絶対ストレートなのに。その声のもとをみるとスポーツには無縁の姿がある。苦笑いが周りに起きる。

 他人事のように書いたが、当事者になったこともあるはずだ。興奮すると記憶は曖昧になるし、その場で消えてゆく音声はもうもとには戻らない。

 ところがいまは少し厄介だ。同じような独り言をソーシャルメディアに書き込む輩がいる。しかも自分の顔を晒すことなく言い続けている。書かれたものは時空を超えて残り続ける。しかも出来心なのか誠心の叫びなのかあとから区別は難しい。本人は書いたあとにいくぶんのカタルシスを得られるかもしれないが、言われた方は永久のダメージを受ける可能性がある。

 ソーシャルメディアへの書き込みが実は書き手の遡及可能であることを技術者は打ち明けた方がいい。ネットというメディアが手続きを踏んでメッセージを送っている以上、どこからどこに送信されているのかは分かるはずなのだ。恐ろしいことだがすべては記録されてしまう。近年のコンピュータの発達を考えると、いままでは不可能と考えられていたことができてしまっているというしかない。

 たわごとを言うならば周囲に気をつけるべきだ。ましてネットに書くべきではない。あなたは過去にこのような発言をしていますと秒単位のログとともに指摘されることになる。

 もちろんこのブログも同じことだ。だから、少なくともここ数年は直接他人に言えないことは書かないようにしている。

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