他山の石

 汚職事件容疑で議員辞職した元党員に対して、党の要職にある人物が「他山の石としたい」という旨の発言をしたことが話題になっている。他山とは何事か、事件が起きたとき、辞職した議員は党員であり決して他の山ではない。あまりに無責任だと言うのだ。

 私もこのニュースをラジオで聞いたとき、件のコメントを聞いた瞬間に違和感を覚えた。しかし、すぐに次の理解に変わった。この方は反省する気はないのだと。事件当事者と自分たちは無関係ない。ただ、一応気をつけておきたい、という意味だと。

 私と同じように考えた人は多いのではないか。野党の誰かが同じ発言をしたとしても印象は変わらない。私たちは政治家をひと括りに考えているからだ。不用意に成句を使うと返り討ちに合う。今回の「他山の石」が他山の石となることは確かだ。

 ところでこの故事成語は詩経という古典の中の古典に典拠があるらしい。紀元前の文献で解釈が難しいものも多い。厳密に言えば作者の意図ははかり難い。わかるのはどのように解釈されてきたかという歴史である。

 ネット検索すると他山の石を他人を模範にせよという意味で使う人もいるらしい。原典の文脈ではこの石は宝石を磨く砥石のような存在であり、範たる存在の比喩ではなさそうだ。他人の悪行や失敗でも自己研鑽の契機にはなるというのが一般的な用法だ。

 なんでも検索し参考にする(私もしたばかりだ)現在では他者の言動の善し悪しなど考えないという価値観の変化が現れているのだろうか。

 

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