名付け

 無形の現象になんと名前をつけるか。それが新しい考え方を生み出す原点のようだ。社会現象などの連続的な出来事は実は全てが異なり、同じものなどない。しかし、似たようなことは何度も起こることも事実である。それにどのような名前をつけるかが物事を把握する出発点になるということだ。

 名前がつけられるまでは経験しても記憶されない。正確に言えば記憶しようと思っても手がかりがない。思い止めようとしても手ですくった水が滴り落ちるようにいつかは消えてしまう。それが一旦名前がつくと掌握できるようになる。小異は気にならなくなり、共通する要素を見出していく。それだけに名付けは大切だ。

 でも名前をつけるのは簡単ではない。パターンとして把握するにはそれなりの経験と大胆な推論が必要だ。多くの人はそれを持ち合わせない。だから、ある人が適切なネーミングをすることで初めて見えてくることがあるのだ。私達はそれを学習として把握している。いろいろな本を読むとき、人の話を聞くとき、その名付けられた概念を組み合わせで考えをまとめているのだ。

 では、名付けることは専門家に任せればいいのか。そうではないと思う。私のような一般人でも積極的に名付けを行っていくことが、世界の把握には欠かせない。少なくとも名付けをする意欲だけはいつまでも失ってはいけないと思う。

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