何かをやろうとするときに気力というものが作用しているのは確かだ。言葉にし難いし、定量化も難しい。ただこれがないと体力があっても、感情的に安定していても何かを始めることができない。
その理由を考えている。何かをしようとするとき、その自然な工程はまず心の中できっかけが生まれ、何かをしたいという衝動が起きる。それが脳に伝達され、器官に作用して行動に移るのだろう。実際にはもっと複雑でいくつもの分岐があるはずだ。
ただ、最初の衝動が弱いとき、あるいは外発的なときに行動への移行がうまくいかない。それが気力のない状態なのかもしれない。主体的な生き方ができないとき、気力不足が起きるならば、それをふせぐ方法は絞られてくる。
